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東京高等裁判所 平成6年(ネ)1929号 判決 1995年6月14日

主文

1  原判決を次のとおり変更する。

2  控訴人は、被控訴人に対し、五八八万三六九六円及びこれに対する昭和六三年五月二五日から支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

3  被控訴人のその余の請求を棄却する。

4  訴訟費用は第一、二審を通じてこれを二〇分し、その一を控訴人け負担とし、その余を被控訴人の負担とする。

5  この判決は、第2項につき、仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  控訴人

1  原判決中控訴人敗訴部分を取り消す。

2  被控訴人の右取消しにかかる部分の請求を棄却する。

3  訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。

との判決を求める。

二  被控訴人

1  本件控訴を棄却する。

2  控訴費用は控訴人の負担とする。

との判決を求める。

第二当事者の主張

当事者双方の主張は、原判決四丁裏一行目の「持分の払戻を請求した。」とあるのを「持分の払戻しを請求し、さらに、昭和六三年五月二四日に到達した書面によって、控訴人に対して、その支払方の催告をした。」と改め、当審における次のとおりの双方の主張を付加するほか、原判決の事実摘示のとおりであるから、これを引用する。

一  控訴人

1  (払戻しの計算の基礎となる資産の額)

仮に被控訴人が控訴人の資産額に退会時における控訴人の出資総額中破控訴人の出資額の占める割合を乗じた額の持分の払戻しを受けることができるものとしても、この場合における払戻しの計算の基礎となる資産の額は、先ず、純資産額から従業員の退職金等の清算費用並びに清算所得にかかる法人税、事業税及び住民税の税額を控除した残余財産の価額である一六億四九〇九万六七六二円(乙第三一号証の公認会計士A作成の鑑定報告書参照)によるべきである。

さらに、剰余金の配当を禁止した医療法五四条の規定の趣旨は、退会に伴う持分の払戻しについても貫徹されるべきであるから、払戻しの計算の基礎となる資産の額は、残余財産の価額を被控訴人の退会直前における貸借対照表上の出資金の額(四五六万三〇九四円)と剰余金の額(四億六五一二万八二五四円)に従って按分した一六〇二万一一二四円とするのが相当であり、したがって、被控訴人は、右の価額に前記持分割合を乗じた一七五万五五一一円の払戻しを受けることができるにとどまるものというべきである。

2  (信義則違背・権利の濫用)

仮に被控訴人が控訴人の有する交産の時価純資産価額方式によって算定した純資産額に前記持分割合を乗じた額の持分の払戻しを受けることができるものとすれば、被控訴人は、昭和四五年五月二六日に五〇万円の出資をして、約一八年後の昭和六三年三月三一日にはその一一二〇倍強に当たる五億数千万円の払戻しを受け得ることになり、この間の我が国の社会経済の実態に照らして、いかなる指標を用いても正当化することができないような膨大な利得を得ることになる反面、控訴人は、その支払いのためには、資産を売却したり多額の債務を負担することを余儀なくされ、ひいては経営する病院を閉鎖することさえ免れない。しかも、被控訴人は、控訴人の設立以来、その従業員として控訴人の経営する病院において稼働してきた者であって、控訴人の医療現場にも精通し、右のような多額の払戻しが控訴人にどのような影響を及ぼすかを熟知しているものである。

被控訴人の本訴請求は、控訴人を害することを知りながら、控訴人の損害を犠牲にして敢えて膨大な請求をするものであり、信義則に違背し、権利の濫用に当たるものであって、許されない。

二  被控訴人

控訴人の1(払戻しの計算の基礎となる資産の額)及び2(信義則違背・権利の濫用)の主張は、争う。

第三証拠関係 (省略)

理由

一  控訴人が昭和三四年三月一九日に設立された精神科等を専門とする三恵病院を経営する医療法人社団であること、被控訴人が昭和四五年五月二六日に五〇万円を出資して控訴人に入会し、昭和六三年三月三一日に控訴人を退会したこと、控訴人の定款八条に被控訴人の主張するような定めがあること、被控訴人の退会時における被控訴人の出資額を含めた控訴人の会員の払込済出資額の合計が四五六万三〇九四円であることは、いずれも当事者間に争いがない。

二  そこで、右の控訴人の定款八条の「退会した会員は払込済出資額に応じて払戻しを請求することができる。」との規定の趣旨について検討する。

1  医療法は、医療事業の経営主体に対して、法人格を取得する途を拓き、これによって資金の調達の方途を講じて医療事業の経営の安定を図るとともに、医療法人が営利企業化することを防止して、社会的信用を確保するために種々の法的規制を加え、そのひとつとして、同法五四条は、剰余金の配当をしてはならないものとしている。すなわち、医療法人は、損益計算上の利益金が生じた場合には、施設の整備・充実、医療従事者等の待遇の改善などに充てるほかは、積立金として留保しなければならないのであって、これを利益金として会員に分配したり、実質的に利益金の分配とみなされる行為をしてはならないのである。

しかしながら、医療法の右の規定は、医療法人が収益又は評価益を剰余金として会員に分配することを禁じることによって、医療法人が営利企業化することを防止しようとしたものに過ぎないのであって、出資をした会員が法人資産に対する分け前としての持分を有するものとし、当該会員が退会したときその他会員資格を喪失した場合にその持分の払戻しをするかどうか又は解散時に残余財産が生じた場合にこれを持分を有する会員に帰属するものとするかどうかについては、医療法は、専ら医療法人が定款等において自律的に定めるところに委ねているのであって、同法五六条の規定は、解散時の残余財産の帰属ないし処分についてこのことを明らかにしている。

そして、控訴人の定款は、八条において退会した会員に対する持分の払戻しに関して前記のような定めを置いているほか、その三五条において、「本会が解散した場合の残余財産は総会の採択を経て払込済出資額に応じて分配するものとする。」と定めている(甲第四号証)のであって、控訴人の定款のこれらの規定の文理に照らすと、医療法人社団たる控訴人にあっては、出交をした会員は出交額に応じた法人の資産に対する分け前としての財産権(出資持分)を有するものとし、出資持分を有する会員が退会したときその他会員資格を喪失した場合においては、当該会員に対して出資持分に相当する資産の払戻しを請求することができることとしたものであることが明らかである。

このように、控訴人の定款八条の定めは、会員資格を喪失した会員に対して出資持分の払戻しを認めるものであって、一部清算としての実質を持つものであるから、控訴人は、脱退会員に対して、その資産に対する出資持分に相当する資産の払戻しをすべきものであって、単に当該脱退会員が払い込んだ出資額そのものを返還すれば足りるというものではなく、医療法五四条の規定が剰余金の配当を禁止しているからといって、定款八条の定めを控訴人の主張するように限定的に解釈して、これを脱退会員の払込済出資額そのもの又は残余財産の価額中出資金に相当する部分の払戻しを意味するに過ぎないものと解することはできない。

2  また、乙第二号証、乙第一六号証、乙第二〇号証、原審証人Bの証言並びに控訴人代表者及び被控訴人本人の各尋問の結果(いずれも原審)によれば、控訴人においては、設立当時の理事長C外五名が合計一五九二万一六〇四円の金銭又は現物の出資をして控訴人の会員となったが、右Cは昭和四〇年五月八日死亡により退会したこと、Cの退会及び控訴人の入退会のほかには控訴人の会員及び出資にはなんらの異動がないこと、控訴人は、Cの退会に際しては、その払込済出資額に相当する一一八五万八五一〇円を遺族に払い戻したにとどまることを認めることができる。

しかしながら、乙第七号証及び前掲控訴人代表者及び被控訴人の各尋問の結果によれば、控訴人は、その設立に際して、昭和二五年八月九日医発第五二号厚生省医務局長発各都道府県知事宛通達「医療法の一部を改正する法律の施行について」に参考添付された定款例に依拠して定款を作成したものであり、脱退会員に対する出資持分の払戻し及び解散時の残余財産の分配に関する控訴人の定款の前記の定めは、いずれも右通達に参考添付された定款例をそのまま採用したものであることが認められるのであって、その文理ないし文言が持つ一般的な意味内容とは離れて、そこに設立者が特に個別的な意味合いを付与したものとは解されず、過去に右のような一解釈事例があったからといって、それによって直ちに右定款の定めの規範的な意味内容が左右されたり規定されることになるものではない。

3  ところで、右定款八条は、脱退会員は「払込済出交額に応じて」払戻しを請求することができるものと定め、脱退会員は、退会時における控訴人の資産額に出交総額中当該脱退会員が現実に出資した額の占める割合を乗じた額の払戻しを受けることができる如くであり、控訴人の会員がすべて原始会員であるものとすれば、右定款の定めを右のように解釈したとしてもなんら差し支えない。

しかしながら、医療法人にあっても、収益が内部に留保され、または、経済状勢の変動によって資産の評価益が生じるなどして、当該法人の資産価額は常に変動することを免れず、他方、一般的に貨幣価値は低落するのを常とするから、原始会員とその後に入会した会員がある場合においては、右定款の定めを右のように解したのでは、出資時期を異にする会員間の出資持分に著しい不公平が生じることになり(このことは、設立後相当の期間が経過し、多額の交資が形成された後に入会した会員が死亡等により程なく退会したような場合を想定すれば、明らかである。)、それが設立者の合理的意思に適うものとは到底解されないところである。

そして、新会員の入会当時に原始会員が退会したとすれば、退会会員は当時の交産総額に出資総額中の当該会員の出資額の占める割合を乗じた額の払戻しを受け得たこと、換言すれば、当時原始会員は右によって算出される持分をそれぞれ有していたものと解されることを考慮すれば、設立後に出資をした会員の出資持分の割合は、当該出資時における控訴人の交産総額に当該会員の払込済出資額を加えた額に対する当該出賢額の割合によるものと解するのが相当である(なお、新会員の入会当時の当該医療法人の資産がマイナスである場合には、既存の出交額割合を増加すべき理由がないから、払込みどおりの出資額を基礎とすれば足りる。)。

4  他方、脱退会員に対する出資持分の払戻しの計算の基礎となる医療法人の資産の評価方法については、控訴人の定款にはなんらの定めもないけれども、脱退会員に対する出資持分の払戻しが医療法人の一部清算の実費を持つものであることに鑑みると、右の評価は、法人の期間損益を明らかにすることを目的とし取得価格を基礎とした帳簿価格ないし貸借対照表上の交産価額によるべきものではなく、当該会員の脱退時(出資持分請求権の発生時)における当該資産の持つ客観的な価額によって算定すべきものと解するのが相当である。

そして、脱退会員に対する出資持分の払戻しは医療法人の一部清算の実質を持つものであるとはいっても、当該法人は依然として事業を継続することになるのであるから、この場合の客観的な価額の算定は、いわゆる清算価額によるべきではなく、当該法人の事業の継続を前提として、当該資産を特定の事業のために一括して譲渡する場合の譲渡価額(営業価額)を標準とすべきものと解するのが相当である。この点について、控訴人は、払戻しの計算の基礎となる資産の額は純資産額から従業員の退職金等の清算費用並びに清算所得にかかる公租公課を控除した清算価額としての残余財産の価額によるべきものと主張するけれども、もとより正当ではない。

三  以上のような観点に立って、被控訴人が出資持分の払戻しとして控訴人から支払いを受けるべき額について検討する。

1  先ず、被控訴人の出資持分の割合については、先に説示したところに従い、被控訴人が五〇万円を出資して控訴人に入会した昭和四五年五月二六日当時の控訴人の資産総額としては、控訴人の資産中大きな部分を占め、かつ、価格変動の著しい土地及び建物については当時の時価によることとし、その余の資産及び負債の額については同年三月三一日現在の貸借対照表上のそれを近似値として採用するのが相当であり、乙第一六号証、控訴人の申出にかかる鑑定人Dの鑑定結果(原審)及び前掲証人Bの証言によれば、控訴人の右当時における資産総額は、被控訴人の出資額を含めて、四億三一二六万七〇〇五円であることを認めることができる。

したがって、被控訴人の出資持分の割合は、四三一二六七〇〇五分の五〇〇〇〇〇とするのが相当である。

2  次に、被控訴人に対する出交持分の払戻しの計算の基礎となる昭和六三年三月三一日現在における控訴人の交資の評価額については、同様に先に説示したところに従い、土地及び建物については当時の時価によることとし、その余の資産及び負債の額については右同日現在の貸借対照表上のそれを採用することとして、甲第五号証、乙第一号証及び被控訴人の申出にかかる鑑定人Dの鑑定の結果(原審)によれば、土地及び建物の当時の時価が五四億〇三四四万七〇〇〇円、右同日現在の貸借対照表上のその余の交産の額が五億五八八〇万〇六三二円、右同日現在の負債対照表上の負貸の額が八億四九三五万九三二〇円であり、そのほか、控訴人は、当時、被控訴人に対して、退職慰労金債務三八〇〇万円を負担していたことを認めることができ、これによれば、右同日現在における控訴人の資産の評価額は五〇億七四八八万八三一二円であったことになる。

3  したがって、控訴人は、被控訴人の出資持分の払戻しとして、被控訴人に対して、昭和六三年三月三一日現在における控訴人の資産の総額五〇億七四八八万八三一二円に被控訴人前記出資持分割合四三一二六七〇〇五分の五〇〇〇〇〇を乗じた額である五八八万三六九六円の払戻金を支払う義務があるものというべきである。

四  ところで、被控訴人は、昭和六三年三月三一日に控訴人から退会するに際して、控訴人に対して、出資持分の払戻金の支払方の催告をしたとして、これに対する同年四月一日以降の遅延損害金の支払いを求めるけれども、甲第五号証及び前掲被控訴人本人尋問の結果によれば、被控訴人は、東京地方裁判所八王子支部昭和六二年(ヨ)第六〇一号仮処分申請事件の昭和六三年三月三一日審尋期日において、控訴人との間において裁判上の和解をし、そこにおいて控訴人の理事の職を辞し、控訴人から退会するとの合意をするとともに、右退会に伴う出資持分の払戻しについては別途これを協議することを約したに過ぎないことが認められ、これをもっては未だ控訴人が同年四月一日以降遅滞の責めを負うものということはできないが、乙第三〇号証の一によれば、被控訴人は、同年五月二四日に到達した書面によって初めて控訴人に払戻金の支払方の催告をしたことを認めることができるから、控訴人は、被控訴人に対して、同月二五日以降民法所定の年五分の割合による遅延損害金を支払う義務を負うに至ったものと解するのが相当である。

そして、控訴人が被控訴人に対して負う出資持分の払戻義務は、右の限度にとどまるものである以上、本訴請求が信義則に違背し又は権利の濫用に当たるとする控訴人の抗弁が失当であることは、いうまでもない。

五  以上のとおりであって、被控訴人の本訴請求は、出資持分の払戻金五八八万三六九六円及びこれに対する昭和六三年五月二五日から支払済みに至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める限度で理由があり、その余の請求は棄却すべきである。

よって、これと一部結論を異にする原判決はその限度で失当であって、本件控訴はその限度で理由があるから、原判決を主文のとおり変更することとし、訴訟費用の負担については民事訴訟法九六条、八九条及び九二条の各規定を、仮執行の宣言については同法一九六条の各規定を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 町田顯 裁判官 村上敬一 裁判官 中村直文)

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